お知らせ

同窓生の声

2017.01.11

同窓生の声リレー(第1組) 新しい声を寄せていただきました 平成29年7月

新しいホームページの目玉として『同窓生の声リレー』を始めました。お知り合いからお知り合いへ同窓生のつながりを拡げます。「同窓生の声リレー」運用について

 

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《第1組》

第6走者 🙂 

【井踏大地さん(高校63回)】

『同窓生の声リレー』小松晴香さんからバトンを受けた、井踏大地です。

弥生ケ丘高校では充実した3年間を過ごしました。中でも印象に残っているのは生徒会長という貴重な経験をさせてもらえたことです。弥生祭などの年間行事や通年での活動などを生徒会執行部で進めていくのは、うまくいかない事も沢山ありましたが、担当の杉山先生、清水先生方の支えもあって何とかやり遂げられました。苦労もありましたが楽しい思い出です。

また、部活では先輩に誘われてブレイクダンスを始めました。1年間で新入生歓迎会と弥生祭と3年生送別会の3回だけの発表の機会でしたが先輩や後輩と一緒に、教室の机を端に寄せて練習したのを鮮明に覚えています。少しずつ上達していく事と、仲間と一緒に練習する時間自体がとても楽しかったです。大学に進学してからはダンス漬けの毎日でした。ダンスを通じて多くの人とつながり、多くを学びました。社会人になった今でも時間を作って大学の仲間やダンスを通じて知り合った人たちと一緒に練習をしています。今振り返ると、高校でダンスに出会ったことは自分の中の大きな転機だったと思います。

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今は大阪の企業に勤めて、商業施設の管理する仕事をしています。遠くて伊那にはなかなか帰ることができませんが、伊那で過ごした時間を忘れず大阪の地で頑張っていきたいと思います。

次回は海外を相手にお仕事をしている、同じクラスだった服部洋平君(高校63回)にリレーします。】

 

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《第1組》

第5走者 🙂 

【小松晴香さん(高校64回)】

『同窓生の声リレー』小松莉奈さんからバトンを受けた、小松晴香です。

私の高校時代の思い出は、いい友達や先生に恵まれ、充実した学校生活を送れたことです。 友達とは、くだらない事で笑い合い、とても楽しい毎日だったことを覚えています。勉学においても、放課後一緒に勉強し、切磋琢磨し合える仲間でした。生徒会にも議長として所属し、学校行事にも多く携わることができ、皆と同じ目標に向かって1つのことを成し遂げる大変さや楽しさを学びました。 生徒総会

また、担任の先生は人一倍元気で生徒想いの先生でした。私は、高校在学中に一年間アメリカへ留学をしましたが、「お前が決めたことだ。頑張ってこい。」と自分で決めたことに不安だった私の背中を押してくださり、とても心の支えになりました。

高校卒業後、県外の大学に進学し、英語やビジネスについて学びました。地元を離れると、今まで当たり前だった伊那市の人や環境の良さを痛感しました。特に、大学時代は、周辺の山が見えない場所で過ごしたため、帰省するたびに南アルプスや中央アルプスの美しさに心を奪われました。大学卒業後、現在は地元に戻って働いています。

高校時代の友人とは頻繁には会うことが出来ませんが長期休みには、集まって近況報告をしたり、「あの時は、~だったよね」と高校生活の思い出を話して笑い合っています。当時の担任の先生とは、数ヶ月に一回程度、手紙のやり取りをして近況報告をしています。高校を卒業して5年が経ちますが、これからもお互いに刺激し合える友人を大切にして、おばあちゃんになっても「高校生の時は楽しかったね」と言える関係でありたいです。

 

( 次回は、生徒会で携わった元生徒会長、井踏大地くん(高校63回)にリレーします。)

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《第1組》

第4走者 🙂 

【小松莉奈さん(高校68回)】

『同窓生の声リレー』望月さんからバトンを受けました。小松莉奈です。

雪がようやく降り始め、冬の寒さもますます厳しくなってきました。私の高校時代の思い出と言えば、部活は茶道部、華道部、家庭科部と三つの部活を兼部していましたが、どの部活も週に一回や月に一回などの部活だったので、文化部の中でもあまり忙しくない部活がったと思います。しかし、文化祭の時期になってくると茶道はお手前の練習、華道は前日遅くまで展示用のお花を生ける、家庭科では販売用の商品作りと、とても忙しかったことを覚えています。3年生になると文化祭の玄関装飾も加わり大変でしたが、とても充実していた文化祭であり、特に一緒に作業していた仲間と残り約一年という間でしたが、絆が深まったような気がしています。そんな仲間達とは進路の関係で離れてしまいましたが、卒業して一年経った現在でも連絡を取り合って、私自身が友人の元へ行ったり、地元に帰ってきてくれた際には出かけたりなどをしています。これからもずっと大切にしていきたいと思っています。

現在私は、地元で就職し社会人となりました。毎日が勉強で大変な事も多いですが、これからも頑張っていきたいです。

弥生生、弥生卒業生の活躍を心から応援しています。華道 (2)

(次回は同じ会社で働く小松晴香さん(高校64回)にリレーします。)

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第3走者 🙂 

【望月慎さん(高校68回)】

『同窓生の声リレー』北條さんからバトンを受けました望月 慎です。

寒さも増し冬がだんだんと近づいてきました。私は高校時代、野球部に所属していたので冬といえば厳しい冬練を思い出します。筋トレやダッシュ、ランニング等きつく大変な練習ばかりで時には嫌になることもありましたが今となってはいい思い出です。後輩達もこれから始まる冬練を乗り越えて、来年の春、夏と良い成績を残してほしいと思います。野球部での思い出ここには書き切れないほどたくさんあり、野球部の仲間達に出会えることができ本当に良かったです。これからもずっと高校の仲間、野球部の仲間達と仲良くしていきたいです。

現在私は地元で就職し四月から社会人として日々勉強の毎日を送っています。今まで野球一筋といっても過言ではないくらいでしたが今となってもやっぱり野球が大好きだと実感しました。現在、社会人チームで野球も続けており、これからも続けていこうと思います。地元にいることを活かして後輩達の応援にもできるだけ行きたいと思います。甲子園に行くことは決して簡単なことではありませんがいつか母校が甲子園に行くことを願ってこれからも応援を続けていきます。

( 次回は同じ会社で働く同期の小松莉奈さんにリレーします。)

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第2走者 🙂 

【北條玄さん(高校68回)】

『同窓生の声リレー』田中さんからバトンを受けました北條です。

今年も夏の季節が終わろうとしています。
皆さんは夏というとなにを思い浮かべますか?

私は高校時代野球部に所属していました。
小学校から続けていることもあり、夏に野球以外のことをやっていた記憶がほとんどありませんが、毎年夏になると野球部の後輩たちの健闘を祈りつつ、野球部で過ごした日々を思い出します。
そうはいっても私が卒業したのは去年のことなので思い出すというよりまだ鮮明に覚えていますが

志を共にし入部した仲間はマネージャー含め22人。
切磋琢磨しながら野球に打ち込み、夏は納得できる結果とはほど遠いものになりましたが秋春南信大会優勝、県ベスト8まで勝ち進むことができました。
帰りは9時を過ぎていて精神的、肉体的の疲れか毎日お風呂の中で爆睡(気絶?)していたのも今では不思議なくらいです。
長いようで短い野球漬けの三年間はあっという間にすぎ、引退、卒業を迎えた気がします。

野球部に入部し最高の仲間と出会い、3年間喜びも悔しさもそして涙、笑顔を分かち合う事ができて幸せでした。

卒業後はそれぞれ別々の道を進み始めているけど、またいつかユニホームを汚してみんなで野球ができたらいいなと思います。
これからはプレーする側ではなく応援という形でしか力になれないのでもどかしい気持ちもありますが、後輩にはこれからもがんばってほしいです。

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〈次回は、中学時代からの戦友であり、現在も同じ社会人野球チームで野球を続けている望月慎さん(高校68回)へリレーします。〉

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第1走者 🙂 

【田中俊彦さん(高校33回)】

…男女共学となっての2期生、35年以上続く野球部の歴史の第一歩を仲間たちと作り上げ、現在野球部の後援会長を務められています。

皆さんは、弥生で過ごした日々を振り返ることがありますか。年齢や時々の状況で人それぞれかと思いますが、私は比較的高校時代のことを思い出す方ではないかと思います。それと申しますのも、私が現在、母校野球部の後援会長をしていることもあり、野球部や学校とのつながりが卒業後ずっと続いているからでしょうか、また大勢ではありませんが、同級会などで男女を問わず当時の友人と会う機会が多いことかもしれません。

私は、男女共学二期目の入学です。入学式前から校舎のある方のグランドで、数人の有志と硬式球を使って野球の練習をしていました。入学後間もなく、発起人たちで同期生に声を掛け合い、野球部(当時は同好会)結成に尽力したことは、今でも鮮明に記憶に残っています。現在野球部が日々練習に明け暮れているグランドも発足当時は小石まみれの堅い土で、設備も整っていませんでしたが、高校で野球ができる喜びでいっぱいでした。

程なくして、当時のPTA会長さんや学校長の御尽力、先生方の御協力により後援会も発足し、御厚志も集めていただき、その資金で設備も徐々に整っていきました。このような御支援により、私たちの希望は実現し、野球を続けることができました。また、現在の野球部があります。

このことも私は一生忘れることはできませんし、こうした御恩に感謝しながら、微力ながら恩返しになればと思って、後援会長として多くの支援の皆様とともに、母校野球部の後援活動をさせていただいています。この場をお借りして、改めて、例年多くの方から賜っております野球部への物心両面に渡る御支援に対しまして、衷心より感謝を申し上げます。

私は、現在南箕輪村役場で、地方創生に向けた業務も担当しています。多くの弥生卒業生が郷土に戻ってきて活躍できる状況になるよう尽力していきたいと思います。

[記事掲載]「青春の球跡ー伊那弥生ヶ丘高校野球部15年誌より」野球

〈次回は野球部の後輩でもあり南箕輪村役場で一番若手のホープ、本年3月に卒業したばかりの北条玄さん(高校68回)へリレーします〉

 

次回をお楽しみに!